部下だけでなく、上司である自分も育てる

「やるべきことをやってくれない」
社員教育がもたらす現場の疲弊

『教育』とは、文字通り「教えて育てる」こと。先輩になり、上司になり、管理者になり、と組織の中で成長する過程で私たちも、新人研修・業務指導・管理職による部下との個人面談等を行なっており、社員教育には取り組んでいたつもりでした。

「仕事だから」「やらなければいけないことだから」と、会社側や管理者側の要望を理解させることが教育。そう疑いもしなかったため、やるべきことをやってもらうための表面的で一方的な人材育成をしていたように思います。

当時を振り返ってみれば、「教えているのにやってくれない」「伝えているのに理解してくれない」と部下に対して不満ばかりを抱え、業績を残すことへの葛藤も加わって自分自身もかなり疲弊していたと感じます。「誰にも理解してもらえない」と一人で卑屈に戦っていました。

そんな教育を当時は人材育成と思い込み、いや、思い込まざるを得なかったのかもしれませんが、何年も続けた結果「社長の想いが部下に届かない」「会社の方針と違う」「業績が下がる」「従業員が定着しない」など、たくさんの問題を抱えながら、限られたリソースの中で業務維持をする日々が続きました。

問題解決できないままでは、管理者も部下も疲弊しパフォーマンスは低下しますが、どうすることもできずにいました。何が問題なのかも見えていませんでしたし、その場しのぎの解決方法として「禁止事項」や「上下関係のルール」などばかり新たに制定し、それを徹底して遵守させるといった“がんじがらめ”の管理方法を取るしかなかったように感じます。

当然部下からは「怖い上司」「怒られたくない人」「近づきにくい対象」のように思われていました。本当は、こんなマネジメントがしたいわけではないのに…部下と一緒に叶えたい思いだってあるのに…そうした現状を解決したのは【人と人をつなげる「関わり方」】でした。

育成に必要なのは
人と人をつなぎ、人と会社をつなぐ「共育者」の存在

上司は「部下はどうすればやるべきことを果たしてくれるのか」ばかりを考え、部下は「上司に怒られないため」に仕事をする。一方的に教えることが教育と思い、育成をしてきた管理者にとって「人と人をつなぐ、人と会社をつなぐ」のは特に難しく、何度もつまづきながら部下と向き合うことが必要でした。

「仕事だから」「やらなければいけないことだから」と片づけるのではなく、育てる側(育成者)が仕事の意味や目的を理解し、部下へ説明すること。

「やってくれない」とイライラするのではなく、育てられる側(部下)に興味関心を持って話を聴き、相手を≪知る≫こと。

企業理念を軸に、お互いを理解しよう、お互いを理解してもらおうとする心構えで部下と向き合い続けること。

そのためには時に自分の弱さを部下の前でさらけ出し、助けて欲しい、相談に乗って欲しい、頼らせて欲しいとお願いする姿勢も必要でした。実際、以前には「上司に怒られないため」が仕事の目的になっていたと話す部下もおり、「弱さを見せてくれる上司」「自分たちを頼ってくれる上司」「相談してくれる上司」の姿を見せることは、「できる上司でいなければいけない」と考えていた従来の教育者としての理想の姿から考えるとあり得ないことではありました。

ですが、一方的にこちらの要望を理解させるという目的の教育では、部下の「心」が疲れてしまうのです。育成に必要なのは、人と人をつなぎ、人と会社をつなぐ「共育者」の存在。部下と共に上司も育つ「共育者」としての関わりが、部下のモチベーションを向上させ、パフォーマンスを最大限に発揮することができ成果につながるのです。

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